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三十章 秘境の楽園‐Ora‐(9)

「久しいな、オルナターレ」
 彼女に応えてから、男性こと《団長》スタニスラフ・クレッソンはフローランに視線を移す。
「ヴェルヌ氏、申し訳無いが、この場は辞してもらえないだろうか」
 本人としては不満だったが、上司の命令なので、やがて彼は諦めたように息をつく。
「……解ったよ」
 おおよそ上司に使うべきではない言葉遣いで投げやり気味に了承の意を示してから、フローランは上司の開けた場所を通り退室していった。ただし、扉から出て右方へと曲がる際、オーラを強く睨み付ける事は忘れずに。
 その様子を愉快そうに見送って扉を閉めてから、クレッソンはオーラへと向き直る。
「さて、この度は私の招待に応じてくれて感謝する、と言うべきなのだろうな」
「御冗談を。それよりも、進行度合いの方はいかがですか?」
 ばっさりと余興は切り捨て、まだ凍った表情のままオーラは本題へと入る。
 冗談に乗る余裕も無いらしき彼女にわざとらしく呆れ顔を見せつけながら、逆に笑みを絶やす事の無いクレッソンは曖昧に答える。
「貴女が知っている通りだとは思うのだが。しかし、なぜそのような事を訊く?」
「貴方の計画は表には何の効果もありませんから、少し気になりまして」
 さらりと皮肉を混ぜ込むオーラだが、やはりその程度で反応するようなクレッソンではない。
「なるほど、それだけの為にわざわざ敵地の中心まで来たと言う事か」
「はい」
 ゆとりが少し戻ってきた為、わざとらしい程に明るく挑戦的にオーラは微笑んでみせる。
 すると、クレッソンはそうでなくてはと言わんばかりの顔になる。
「流石はオルナターレ、やはり私を楽しませてくれるのは貴女でなくてはならないな」
「嬉しくも何ともない賞賛をありがとうございます。ですが、私に過剰な期待を抱くのは、あまり宜しくないかと思われますが?」
「最初から回答が確定されている『運命』など、面白くも何ともないだろう? そこに介入する存在が居て、予測外の事態が起こるからこそ、事象と言うものは面白いのだよ」
「相変わらず貴方の思考は理解しかねますね」
「そのように言う貴女こそ、運命に従う道を選んでしまったようだな」
 中身の無い笑みを顔に張り付けたまま、オーラとクレッソンは互いの腹を探り合う。そこには、互いの相手より一歩でも先に居ようとする思惑があった。
「ところで、最初の問いに対する真の回答なのだが」
 しばらくはそのままであったが、ふと思い付いたようにクレッソンが話題を変える。
 いきなり何を言い出すのかとオーラは眉根を寄せ、
「っ……!」
 突如として、言いようの無い悪寒に襲われた。次いで全身から力が抜けそうな、だるい感覚になる。これの正体を、足元を見なくとも彼女は知っていた。
「そう、〈星水晶〉による結界術式だ。全てを明かす事は不可能だが、この程度ならば手の内を見せてやる事は構わない。……他の者ならばいざ知れず、貴女には効果があるだろう?」
 思惑通りに事が運んでいる現状へと満足げな笑みを浮かべるクレッソンを、汗の滲み出す憤りに彩られた顔でオーラは睨み付ける。
 それでも余裕を崩す事は無くクレッソンは続ける。その表情には暗い光が見え始めていた。
「さて、役者が揃うまでは、しばらくその場で待つと良い。じきに、面白い事になるだろう」
 その頃、ウルズ庭園に残された皆は、何とも居心地の悪い雰囲気に包まれていた。
「ったく、あの女、やっぱり《道化師》と知り合いだったのね」
 不満そうにアシュレイが小さな声でぼやく。
 しかし、この空気を形成している要因は何も彼女だけという訳ではなく、アルテミシアやベルナルダン、そしてレオンスもなのであった。
「オリーナの奴、何を考えておるのだ。あやつは、確か〔騎士団〕の《道化師》であろう?」
「解りませんが、オルナターレ様には何か御考えがあっての事かと思われます」
「それは、解っておるが……」
 やり場の無い怒りと困惑とが混ぜられた感情を顕わにするアルテミシアだったが、ベルナルダンに諭されればそれはすぐに萎んでいった。そのまま今度は剥れてしまった彼女を、彼は頭を優しく撫でる事で慰めようとする。

 そんな二人を眺めてから、アシュレイは声をかけた。
「あんた達も、あの女と《道化師》の関係は知らない訳?」
「む、あの女とは何だ、あの女とは。……知らぬ、我はオリーナの全てを知っておる訳ではないからな」
 アシュレイの物言いに眉を顰めてみせたアルテミシアだったが、相手が無反応のままなので結局は少々不服そうに答えてやった。
 彼女の様子は完全に意識の外に置き、アシュレイは次にベルナルダンへと視線を移す。
「それなら、君達は彼女のことをどこまで知っているんだい?」
 しかし、それよりも早くレオンスが口を開いていた。
 む、とアルテミシアが眉根を寄せた。
「確かに全てを知っておる訳ではないが……お主達よりは、よほどよく知っておるわ」
 そうして挑発的ともとれる返答をすれば、二人の間で火花が散ったように見えて、このような時に何をしているのかとターヤは唖然とする。
 だが、その睨み合いはレオンスの方から切り上げられ、彼はベルナルダンを見る。
「ところで、俺の記憶が正しければ、おまえは前の〔騎士団〕に居た奴だよな? 確か、ベルナルダン・ドラノワ、だったか?」
「俺も、意外と知られていたのだな」
 確認するようにレオンスが問えば、観念したかのようにベルナルダンはあっさりと認めた。
「前の〔騎士団〕?」
「〔月夜騎士団〕は十年程前までは内情も理念も今とは異なり、〔陽光騎士団〕という名だったんだ。しかし前ギルドリーダーが不祥事を起こした為か、今のギルドリーダーに代わり、ギルドの名も変えたようだ」
 彼らの言う意味が理解できないターヤだったが、エマの説明で納得できた。

 その説明にはベルナルダンが密かに眉根を寄せていたが、それを誰かが指摘するよりも早く、今度はマンスが別の疑問を生じさせる。
「でも、何で〔騎士団〕のおにーちゃんと〔十二星座〕のおねーちゃんが一緒に居るの?」
「そ、それは……」
「私とアルテミシア様が恋仲であるからだ」
 直球で純粋な子どもの疑問に途端に顔を赤らめたアルテミシアだったが、ベルナルダンは顔色一つ変えずに堂々と言い放ってみせた。
 瞬間、アクセルがひゅーひゅーと囃し立て始め、レオンスが賞賛するように一度だけ口笛を吹き、アシュレイが目を点にし、エマが目を瞬かせ、スラヴィは普段と変わらず、マンスは納得した表情になる。
 そしてターヤは、二人は互いが『特別』なのだと知った。
「ベッ、ベルナルダン!」
「私は何一つ、間違った事は口にしていない筈ですが?」
「そ、それはそうなのだが……」
 真っ赤に染まった顔のままアルテミシアはベルナルダンを咎めるように名を呼ぶも、彼の正論に負けて徐々に声を窄めていく。
「それなら、俺はオーラに対する態度の意味を知りたいところだな」
 居心地の悪い雰囲気から一転、何だか甘い空気になりかけたところで、レオンスが水を差していた。その眼は、真っすぐベルナルダンに向けられている。
 そこから相手の意図を悟ったのか、彼もまた相手を見返す。そうして誤解を解くかのように語り始めた。
「俺がオルナターレ様に向けている感情は、あくまでも忠義だけだ。アルテミシア様に対する感情とは異なる。それに、始め俺はオルナターレ様が信用できなかった」
 まさかの事実に、再び一行は驚きを覚える。過剰なまでの忠誠をオーラに誓っているようだった彼が、以前は彼女を警戒していたとは。
「アルテミシア様に害なす者は誰であろうと消す、それが俺の忠義だったからだ。故に、彼女以外は信じられなかった。けれど、オルナターレ様はそれでも構わないと仰った。自分は更に酷い者だから、と自身を嘲笑っておられた。そして、そのすぐ後に、俺は彼女の過去を知った」
 先刻聞いたばかりの話を思い出し、ターヤは思わず口元を押さえる。

ナイツ・オブ・サン

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